やるやん 生きた証を刻んでいま82歳

フロンティアエイジ1月号 第9面より
やるやん
生きた証を刻んでいま82歳 菊地 容子さん(大阪市)
歌い続ける命ある限り 欠かさぬレッスン
1955(昭和30)年に「ジャニー・ギター」でデビューし、3年後の「青い月夜のランデブー」ではNHK紅白歌合戦にも出場した築地容子さん。58年目、82歳になる今も大阪を中心にプロ活動を続け、衰えない歌への情熱が中高年ファンを引きつける。
ビクターレコードに入社。三浦洸一、曽根史朗、初代コロムビア・ローズ、雪村いづみらと競い合った世代。レコードは高島忠夫との「ニッポン・トウキョウ・ケ・サラ・サラ」など邦楽12曲と洋楽カバー11曲を吹き込んだが、万国博の1970年に関西に移ったのを機会に、観客を身近に感じられるステージ中心の活動に変わった。
大阪・北新地に開いた歌のラウンジ「築地」で連日マイクを握るとともに毎年一度、ホテルでのディナーショー形式で発表会を続けてきた。客席で見守る人の中には「サタデーアフターヌーン御堂筋」を贈ってくれた作曲家の故服部良一さん、「(姉さんは)客席の数だけある人生のためにステージに立つ」と著書に書いた従弟で俳優の加藤剛さんの姿も。ボランティア組織や地域団体から頼まれると、快くチャリティーの舞台に足を運ぶ。
1回のステージは20曲近く、リハーサルも本番そのまま。体力勝負でもある。お尻を締めて腰と背筋力で声を出すボイストレーニング、歌詞を確かに伝えるための朗読、滑らかな身のこなしのためのジャズダンスをプロについてレッスン、40年続けるゴルフやウオーキングを含め毎週のスケジュールは満杯。近年はシャンソン・ポピュラー教室を開き、シニアの生徒をマンツーマンで指導する。
昨年の東日本大震災は衝撃だった。6月に開いた教室生の発表コンサートでは救援金を募り、10月には「被災者に心を寄せて歌う」自身のシャンソンコンサートを大丸心斎橋劇場で開いた。82歳が歌う「恋心」は純な青春のときめきを伝え、「命あるかぎり歌い続ける。それが私の生きたあかし」と結ぶ「歌い続けて」は、生きることの意味を問う絶唱となった。
「だれかに頼るのではなく、1人で生きていく。膝が痛くても人には言わない。聞かされた人が楽しいはずがない。そして歌を聴いてくださる人がいるかぎりその人のために歌いたい。毎日が一生懸命です」。これが築地さんがいつもステージや教室で話す言葉だ。(む)
ニューシニアの情報新聞「フロンティアエイジ」
オフィシャル・ホームページ http://www.f-age.com/

0 Comments:
Post a Comment
<< Home